全3回月刊連載シリーズ! 仲島正教先生特別寄稿(1月号)  
2012年01月19日
「人は、人によって支えられ、人によって強くなる」
                   




                教育サポーター(元小学校教師)  仲島正教
 
  高校の部活動の大きな目標にインターハイ出場があります。私自身も高校時代は弱小チームでしたが、インターハイ出場を夢見て、毎日一生懸命に練習をしていました。
  私の息子も同じような夢を持っていたようで、隣町の体育科が設置された高校に進学しました。この高校のバスケット部は、インターハイにも過去2度ほど出場している強豪校で、中学時代に「県選抜」だった選手も数多く入学していました。
  息子は体育の成績はよかったものの、バスケットに関しては無名の中学校の無名の選手です。入学してからは、試合どころかベンチにも入れない状態が1年間ほど続きました。
  「県選抜」だった同級生の恵介は、1年生からすでにエースとして活躍していましたが、恵介は練習が終わった後に、いつも息子と1対1をしてくれていたようです。その練習の甲斐があって、息子は2年生になると時々試合に出るようになり、3年生では何とレギュラーになったのです。レギュラー5人の中で、中学時代に「選抜」ではなかったのは息子だけでした。
「恵介師匠のおかげや」
息子はいつもそう言っていました。
  そしていよいよ高校3年の6月、インターハイの最終予選が始まった頃、恵介が病に倒れ、入院してしまいました。エースを欠き苦戦続きながら何とか決勝まで勝ち進みましたが、相手はインターハイ常連校、昨年も負けています。エース不在の息子の学校の不利は否めませんでした。
  決戦前夜、息子は言いました。
「俺は恵介のために絶対にがんばる。恵介をインターハイに連れていくんや!」
これまで自分の事しか考えてこなかった息子からの「恵介のためにがんばる」という言葉に私は驚いてしまいました。
  翌日の決戦はすばらしい試合でした。エースを欠くチームだからこそ、より結束力を高めようと何度も何度も円陣を組み、気合いを入れるのです。試合は一進一退でしたが、一度もリードを許さずにタイムアップ。試合終了と同時にベンチの端にいた恵介と抱き合って泣く息子たちに、観客席の私たちも涙、涙、涙のインターハイ出場決定でした。
  8月のインターハイには、恵介は戻ってきました。恵介は
「今度は俺がみんなのためにがんばる」
と言って、エースらしい働きをしてくれました。
  後日談ですが、あの時恵介が元気でいたら、もしかしたらあんな勝ち方はできなかったかもしれないなと・・・。
  人は「自分のために」ではなく「あの人のために」と思った時には、きっと力以上のものが出るのでしょう。
  人は、人によって支えられ、人によって強くなっていくのです。