仲島正教氏(教育サポーター)
2013年02月04日

 
   
    「私を待つ人がいる」

                 

                                    
教育サポーター(元小学校教師)  仲島正教
  
 1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災。あれから18年が経ちました。当時、自宅は半壊、そして私は大切な教え子や友人、恩師を亡くしました。
 その年の暮れに自宅近くの西宮東高校で、高石ともや氏の講演会がありました。演題は「私を待つ人がいる」。講演を聴きながら私は流れる涙をぬぐうことができませんでした。そして「しっかり生きる」と強く誓ったのでした。
 高石氏は「人間が生きていけるのは、待っている人がいるからだ」と言い、待っている人がいないと、人間は生きる意欲を失うというのです。
 家には、私を待つ母がいる。教室には、私を待つ友達がいる。学校には、私を待つ先生がいる。あの角の向こうには、私を待つ恋人がいる。電話の向こうには、私の声を待つ大切な人がいる。遠くの田舎には、私の成長を喜ぶおばあちゃんがいる。こんなふうに、自分を待ってくれる人がいれば「人間は大丈夫だ」というのです。
 彼は、こんなことも言いました。「人間は、友達が二人いれば幸せに生きられる」と。
 とってもつらくて死にたいと思った時、それを聞いてくれ「たいへんだったね」と一声かけてくれる友達がいれば、その重荷がスーと消えていくのです。また、うれしい時に「うれしい」と話せ、「よかったな」と一声かけてくれる友達がいれば、心が和み、希望に胸がふくらむのです。こんなふうに、一緒に悲しみ、一緒に喜び、自分を待ってくれる人がいれば、大丈夫なのです。幸せに生きていけるのです。と、彼は言うのです。
 
 さあ、あなたはどうですか。あなたを待つ人は誰でしょう。
 私には優しい母が待っています。僕にはいつも励ましてくれる友達がいます。俺にはどんなに悪いことをしても俺を信じて待ってくれる先生がいます。そんな人は幸せに思うでしょう。でもなかには、俺を待っている人なんかいない。私なんかを誰も待っていない。そんなふうに思っている人もいるかもしれません。「どうせ俺なんか」「私はいつも一人ぼっち」そんな声も聞こえてきそうです。でも嘆かないでください。「待っている人はいない」そんなことはけっしてないのです。あなたを待っている人は必ずいるのです。声には出さなくても、姿は見せなくても、名前は知らなくてもあなたのことを待っている人は必ず存在するのです。少なくとも私は見たことのないあなたを待っています。
 どんなに辛いことがあっても自分で命を絶ってはいけません。いじめによる自殺、体罰による自殺の報道に心が痛みました。そこまで追い込まれて本当に辛かったと思います。でもあなたはけっして一人ではありません。あなたを待っている人はいるのです。だから生きてほしいのです。あの人の分もこの人の分も生きてほしいのです。あなたは、たくさんの人が待っている大切な人なのですから。
 
  高石ともや氏は、笑顔で次のことを話され、講演を終えました。
    「幸せになるために、私たちは生まれてきたんですよ」