第6講 ハーバード大学へ
2011年03月26日

 ネブラスカ大学をいよいよ卒業する時、28歳でした。その時、私の指導教授であるジーママン先生が「郁夫は研究者に向いてるから自分の所の研究室に残らないか」ということを言ってくれました。それまでは、学問で生計を立てるなんて思ってもみなかったので、とても嬉しかったです。
 ただ、「一生学問をやっていくんだったら、一番好きな学問をやりたいな」と思いました。顕微鏡を毎日毎日見る繁殖生理学もとても面白い学問ですが、どうせ研究者になるのなら、一番好きな事を勉強しないと続かないと思ったからです。そして一番好きなことは何だろうと考えたら、昔の夢がまた湧き上がってきました。
 それは何かというと、「政治だ。政治を勉強しよう」という夢でした。大学では政治学を勉強したことがないのに、大学院の博士コースで政治学を勉強しよう考えました。普通はそういう考え方に至りませんが、根が楽観的ですからそういうふうに思ったわけです。それで、政治学を勉強するために、どこが良いかと考え、ハーバード大学の大学院に行きたいと思いました。それでハーバード大学の博士コースに願書を出しました。
 その当時、ハーバード大学の願書には2つのことを書かなければなりませんでした。1つは「お前の家の財産はどのくらいか」、もう1つは「お前の家はメイフラワー号以来の名門の出身か」です。その当時のハーバードは、ケネディ家とかロックフェラー家とか名門の出身であれば入りやすかったのかもしれません。
 それで、「私は熊本の田舎の方で小作農の息子として生まれました。財産はゼロです。名門でも何でもありません。ただ子供が二人おります」。もうその頃娘が2人おりました。「だから奨学金がないと行けません」というふうに書きました。そしたら不思議なことに、一度も政治学を取ったことがなく、とても貧乏で、英語もそれほど上手ではない私を奨学金付きで博士コースに入れてくれました。
 できないと思ったら何もできません。最初から駄目だと思わずに、きっと何かが起こるだろうと思って、一歩踏み出すことがとても大事です。そういうことで子供2人を連れて、私はハーバード大学のあるボストン市に行ったわけです。